
古い話ですが、私の卒業した高校は、その当時はどういうわけか男女の人数比が3対1で、そのため男子学生は毎年行われるクラス替えで在学3年間のうちどこかで1回だけ男女クラスに入れる、という仕組みになっていました。
高校生といえば多感な年頃ですから、男子クラスと男女クラスでは教室の雰囲気が全く異なります。3年生の時に華やかな男女クラスになったヤツは隣の席の女の子が気になって、可哀想そうに現役での大学進学の成績は壊滅状態だったように記憶しています。私は幸か不幸か1年生の時に男女クラスに配属され、2年、3年はむさ苦しい男組だったので、脇目を振らずに勉学に勤しみ?無事に受験地獄から解放されたのでした。
その1年生の時の男女クラスの同窓会が、先日、立川で開かれました。
私、この同窓会というのがどうも苦手で、今まで小学校にも中学校にも大学にも、とにかくそういうお誘いにはほとんど参加したことがありません。多くの方にお世話になっておきながら幹事さんを泣かせる実にけしからん輩だなと自分でも思うのですが、昔から人見知りの激しい私は(そこで笑わないように!)なんだか恥ずかしくて気後れして、返信はがきを机の隅に置いたまま布団にもぐって時の過ぎゆくのをひたすら待ち続けていたのでした。
でも今回は、根気強く誘ってくれる優しい友達が幹事になってくれたおかげで、サザエの蓋がそっと撫でられて開いたのか、それとも私自身が図々しくなって開き直ったのか、恐らく卒業して初めて、昔の友達にあってみたいなぁという気持ちが芽生えました。
考えてみれば、15の春にたった1年間同じ教室で勉強した、ただそれだけのご縁です。ユーミン風に言えば、みんな旅人、ベンチでとなりに座っただけの、みたいなもんです。かぐや姫風に言うなら、あなたはもう忘れたかしら(そのまんまやんけ)、てな感じです。誤解を恐れず冷たい言い方をすれば、今の自分の生活にはほとんど何の関係もない、そういうジャンルの人たちです。
それでなくても色々な人と毎日会わなくちゃならなくて、もうこれ以上はいいや〜と思ってしまう今日この頃、引っ込み思案の私は(笑うなって)出かける直前までどうしようかな、と迷っておりました。
ところが会場の扉を開けて中に入っていくと、なんだかとても穏やかで和やかな空気が流れています。みんなやさしくて、本当に素敵な仲間達、大勢の笑顔に囲まれたその瞬間に数十年の時の流れは瞬時に巻き戻り、忘れかけていたあの頃の自分に戻っていくことができたのでした。
男たちはみんな偉くなり、きっと仕事では厳しい顔をしているのでしょうが、その笑顔は、母となっても昔と少しも変わらない女性たちと同様に柔和でした。「さざれ石のいわおとなりて」は君が代の歌詞ですが、現実には幾多の激流に揉まれて巌の角は取れ、時間をかけてさざれ石になっていく。ま、一言で言えば「みんな丸くなったな〜」ということで、皆それぞれに素敵な年の取り方をしているのが印象的でした。
数十年ぶりにクラスメイトに会うというとても珍しい体験をしたお陰で、その夜はさまざまなことを考え、感慨に耽りました。
まず、人間の脳というのはすごく不思議な働きをするんだな、ということ。数十年間その顔を頭に浮かべたこともなければ名前を口に出して呼んだこともない人なのに、顔を見ただけで、一瞬のタイムラグの後にその名前と当時の思い出がすーっと浮かんでくる。実に驚きです。海馬だかなんだか知らないけれど、脳のデータバンクの奥深さには我ながら感動さえしました。
きっと人間という動物は、子供の頃の学習と記憶だけで、一生を過ごしていけるように出来ているんですね。そしてその多くが、その後ほとんど使われることもなく記憶の奥底にじっと沈殿している。ところが何かの拍子にそれに関連する刺激を受けると、たちどころに活動を開始してその頃の出来事が鮮やかに脳裏によみがえってくるのです。
もちろん欠落した記憶も多々ありますが、私はその夜、遠泳合宿で千葉の海を数キロ泳いだときのこと、冷たい雨の降る文化祭の日のいくつかのシーン、クラスメイトとバンドらしきものを組んで当時流行っていたクリスティやザ・バンドの曲をコピーしたこと、授業中のさまざまな出来事、などをそれこそ走馬燈のように次から次へと思い出し、切なくて幸せな、何とも不思議な気持ちに浸りました。
また、ちょっと妙な言い方ですが、人間はとても長生きする生き物なんだなあ、という思いも。
以前から漠然と考えていたのですが、人のピークってどこにあるのでしょう。たとえば蝶なら、卵のときがあり、見るからに毒々しい毛虫の時代があって、さらにさなぎへの変態を経て、最後に美しい成虫に変身する。セミは幼虫時代を七年間も土の中で過ごして、最期の一夏だけ地上に出て生命を謳歌するんだよ、とも教えられました。すなわち奇妙な形の時代や暗い地中での時代は、すべて成虫になるためのプロセスであって、最後に見事な成虫となり、その完成形の美しい姿のまま昆虫たちは死んでゆく、というわけです。
ところが人間は違います。言うまでもなく、高校生時代に幼虫やさなぎの格好をしているわけではありません。30年前と現在の写真を並べれば別人のようでも、よく見れば目や鼻の形は昔のままです。しかしその人の行動パターンや口から発する言葉、仕草などは何となく変化している。それなら年を取るほど完成形に近づいていくのかといえば決してそんなことはなく、やはりどこかでピークを迎え、徐々に衰退していくものであることに間違いはなさそうです。
でも悲しいことに、そのピークに自分では気がつかないわけですね。過ぎてみて初めて分かる、ということが実に多い、ということにこの年になって初めて気がつきました。それもこれも、人間が年単位ではなく数十年単位の年月を生き抜く動物であるからかな、などと自分勝手な解釈をしているのですが、肉体的には衰えても、精神的にはまだ成長の過程にある、と思いたいものです。
高校生時代、大晦日の夕方から何人かの仲間と鎌倉に出かけ、夜通し飲んでしゃべって、初日の出を由比ヶ浜で拝んで帰ってくる、というのが恒例行事になっていました。
昨年もこのコーナーで鎌倉のお話をしましたが、私の鎌倉好きは、この「年またぎツアー」に原点を発します。同窓会の翌日の日曜日、昨夜の余韻に浸ったままの私はその記憶を確認したくて、迷わず鎌倉に出かけていきました。
寒さで手足の感覚がなくなり、酔いと疲労で動かなくなった体を引きずりながら、最後は由比ヶ浜にたどり着いて日の出を待った、若き日の思い出。それをなぞるように、今回も最終地点は由比ヶ浜と決めていました。
昨年は天園ハイキングコースという、鎌倉の街の東側をたどる山道を歩きましたが、今回は西側にある大仏ハイキングコースを通って海に出るルートです。天園に負けず劣らずの険しい山道でしたが、途中「浄智寺」、「銭洗弁天」、「長谷寺」などに立ち寄って由比ヶ浜に至りました。
美しい浄智寺の鐘楼 銭洗弁天
海は本当にいいですね。悠久の昔から、ずっと同じ音を立てて寄せては返す波。地球の歴史からすれば、私の半生なんてゴミみたいなものですが、それでもそこには語り尽くせないほど数多くの出来事がありました。それらはみな過ぎ去ってしまい、もう取り返すことはできません。
でも波の音を聞きながら潮風を胸一杯に吸っていると、初日の出を拝んだあのときのシーンが鮮やかによみがえってくるのです。そんなわけで今月の一押しは、柄にもなくちょっとおセンチになってしまいましたが、私の思い出がたーくさん詰まった鎌倉の「由比ヶ浜」でした。
由比ヶ浜 寄せては返す美しい波
せっかくの雰囲気をぶちこわすようで恐縮ですが、初日の出を拝みながらゲエゲエ吐くヤツが毎年必ずいるんだよねー、ほんとに。私、大学時代も応援部でメチャ飲みする機会が多く、酔っぱらいの介抱は数知れずやってきましたが、その原点もなんとこんなところにあったのね…